経営層は、なぜ“わかりやすいKPI”に支配されてしまうのか
- 3月31日
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更新日:2 日前
測れるものだけが、現実ではない
——数字が増えるほど、見えなくなるものがある
NPSも応答率も氷山の一角にすぎない——見えているものが、見えなくしているもの
経営に関わる立場にある方であれば、一度はこのような違和感を覚えたことがあるのではないでしょうか。数値は確かに改善しているにもかかわらず、現場の手応えはそれほど伴っていない。あるいは、顧客との関係が確実に良くなっているという実感があるにもかかわらず、それが指標としては表れてこない。こうした“ねじれ”に対して、明確な言葉を持てている企業は、決して多くありません。
このとき、私たちはしばしば、より「わかりやすい指標」を求める方向へと向かいます。NPSや応答率といった指標は、その代表例と言えるでしょう。いずれも重要であり、適切に用いられれば有効な示唆を与えてくれるものです。しかしながら問題は、それらの指標の存在そのものではなく、それらに対する私たちの向き合い方にあります。
経営が「わかりやすさ」に引き寄せられる構造
企業経営とは、本質的に複雑な現実を扱う営みです。顧客との関係、従業員の状態、市場環境の変化といった要素は、相互に影響し合いながら変化し続けており、それらを単純な因果関係として説明することは困難です。それにもかかわらず、経営は常に意思決定を求められます。その意思決定には、何らかの拠り所が必要となり、その役割を最も強く担うのが数値です。
数値は、比較可能であり、共有可能であり、説明可能でもあります。すなわち、組織における意思決定の「共通言語」として極めて優れた性質を持っています。この構造の中において、経営が“わかりやすい数値”に引き寄せられていくのは、ある意味で自然な帰結であり、むしろ避けがたい傾向とも言えるでしょう。それは単なる判断の癖というよりも、経営という行為そのものに内在する一種の“本能”に近いものかもしれません。
KPIは「氷山の一角」にすぎないという前提
しかしながら、ここで見落とされがちな前提があります。
それは、私たちが日常的に扱っている指標が、現実のごく一部しか切り取っていないという事実です。たとえばNPSは顧客の推奨意向を示す指標ですが、それは顧客との関係性の全体像を表現しているわけではありません。同様に、応答率は「つながるかどうか」という重要な要素を示してはいますが、その後に顧客がどのような体験をしたのか、あるいはその体験が次の行動にどのような影響を与えたのかまでは含んでいません。
これらの指標はいずれも必要であり、決して軽視されるべきものではありません。しかし、それらはあくまで「氷山の一角」に過ぎないという前提を持たなければなりません。問題は、その一角を見たときに、私たちが全体を理解したかのように感じてしまう点にあります。
顧客との関係とは、本来、極めて多層的かつ文脈依存的なものです。
一つひとつの接点における体験や感情、過去の履歴、期待とのギャップといった要素が積み重なりながら形成されていきます。そのような複雑な現実を、単一の指標で完全に捉えることはできません。それにもかかわらず、「測れるもの」に焦点を当てることで、「測れないもの」が意識の外に追いやられてしまう。この構造こそが、本質的な問題と言えるでしょう。
指標が現実の“見え方”を歪めるとき
さらに重要なのは、指標が単に現実を表現するだけでなく、現実の“見え方”そのものを規定してしまうという点です。指標が設定されると、組織は自然とそれに最適化されていきます。応答率が重視されれば、つながりやすさを高めるための施策が優先されるようになりますし、NPSが重視されれば、そのスコアを改善するための取り組みが前面に出てきます。
こうした動き自体は合理的であり、組織運営としては当然の帰結です。しかしその過程で、本来注視すべきであった全体像が、徐々に見えにくくなっていきます。とりわけカスタマーサポートの現場においては、この影響が顕著に現れます。顧客にとって「つながること」は確かに重要ですが、その後の応対が不十分であれば、体験としてはむしろ悪化する可能性があります。それにもかかわらず、「応答率が改善した」という事実だけが強調されることで、より本質的な課題が覆い隠されてしまうのです。
ここで起きているのは、単なる評価の偏りではありません。指標によって、現実そのものの“見え方”が歪められている状態です。見えているものがあるからこそ、見えなくなってしまうものがある。この逆説を理解しない限り、どれだけ精緻な指標を導入しても、経営は現実から乖離していく可能性があります。
これからのマネジメントに求められる視座
このように考えると、これからのマネジメントに求められる役割は、単に指標を設定し管理することではなくなります。むしろ重要なのは、その指標が何を表しており、同時に何を表していないのかを理解し続けることです。数値の改善に注力するだけではなく、その数値の背後にある文脈や、そこに現れていない変化に目を向ける姿勢が求められます。
特に、顧客との関係が日々更新され続けるカスタマーサポートの領域においては、この視座の有無が組織の質を大きく左右します。現場で感じられている違和感や手触りを、単なる例外として処理するのではなく、指標では捉えきれていない現実の一部として捉え直すこと。そのうえで、数値と実感の間にあるズレをどう意味づけるのか。この思考プロセスそのものが、これからの経営において重要な価値を持つようになるでしょう。
経営としての問い
いま、自社が拠り所としている指標は、何を表しているのでしょうか。
そして同時に、それは何を見落としているのでしょうか。その数値をもとにした意思決定は、本当に現実を捉えていると言えるのでしょうか。それとも、理解している“つもり”の上に成り立っているものなのでしょうか。
顧客との関係という、そもそも単純には測りきれないものに対して、私たちはどのように向き合うべきなのでしょうか。この命題に対する経営としての答えは、すでに見つかっているでしょうか。
もしまだその答えが明確ではないのであれば、それは新たな指標の問題ではなく、「現実をどのように捉えるか」という思考そのものの問題なのかもしれません。その視座をどのように組織に根づかせていくのか。
その問いに向き合うことから、次のマネジメントは始まるのではないでしょうか。


