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顧客を見ている企業ほど、顧客を見失う

  • 4月6日
  • 読了時間: 4分

更新日:2 日前

水の中の魚は、水の存在に気づかない

——当たり前になった顧客との関係は、見えにくくなる


経営の現場にいると、顧客を見ているつもりで、顧客を見失ってしまうことがあります。売上、KPI、施策の進捗。顧客に関する情報は日々更新され、むしろ過去よりもはるかに可視化されています。それにもかかわらず、顧客との関係が実感として捉えられなくなっている。このような違和感を覚えたことはないでしょうか。


この違和感は、情報が不足しているからではありません。むしろ、情報が整いすぎていることによって、顧客そのものが“前提”として扱われ、意識の外に追いやられてしまうことに起因しています。水の中の魚が水の存在に気づかないように、企業の中にいると、顧客との関係は当たり前のものとして扱われ、その輪郭が見えなくなっていきます。




顧客を見ているつもりで、顧客を見失っている


たとえば、住宅ローンを20年以上払い続けている顧客がいるとします。その顧客は長期にわたり企業に収益をもたらしている存在であり、関係性としては極めて深いはずです。しかし、その顧客に対して、日常的に感謝が伝えられているでしょうか。関係性を再定義するような接点は設計されているでしょうか。


一方で、新規顧客に対しては、多くの企業が積極的な投資を行います。広告、キャンペーン、営業活動。新たな顧客を獲得するための取り組みは明確であり、評価指標も整っています。この構造の中で、既存顧客との関係は「維持されているもの」として扱われがちです。

ここにあるのは、顧客を“見ている”状態と、顧客に“向き合っている”状態の違いです。データとして顧客を把握することと、関係性として顧客を捉えることは、似ているようでまったく異なる行為です。


CXはなぜ表層的な改善にとどまりやすいのか

近年、CX(カスタマーエクスペリエンス)の重要性が強調されています。顧客体験を起点にサービスを設計し、企業価値を高めていく。この考え方自体は極めて重要です。しかし、その実践の多くは、接点単位の改善にとどまっているのではないでしょうか。


UIの改善、応対品質の向上、待ち時間の短縮。これらはすべて顧客体験の一部であり、改善されるべき対象です。しかし、それらはあくまで「見えている部分」の最適化です。顧客が企業と接触する背景には、必ず文脈があります。何を達成しようとしているのか、どのような状況に置かれているのか、どのような感情を抱いているのか。これらは接点の外側に存在しています。


いわゆるジョブ理論で言えば、顧客は製品やサービスを「買う」のではなく、「片付けたい用事」を解決するためにそれらを利用しています。しかし、その文脈に踏み込まず、接点単位の改善だけを積み上げても、顧客体験の本質には届きません。結果として、CXは「改善しているが、変わっていない」という状態に陥ります。



顧客視点と顧客志向は何が違うのか


ここで改めて、「顧客視点」と「顧客志向」の違いを整理しておく必要があります。顧客視点とは、顧客の行動やデータを観察し、それをもとに判断することです。購買履歴、利用状況、問い合わせ内容。これらを分析することで、顧客の傾向を把握することができます。


一方で顧客志向とは、顧客がどのような文脈の中で行動しているのか、その背景にある意図や目的を理解しようとする姿勢です。ここでは、データは出発点に過ぎません。重要なのは、そのデータの背後にある意味をどのように解釈するかです。


顧客視点は「観察」であり、顧客志向は「解釈」です。そしてこの二つは、連続しているようでいて、実際には大きな断絶があります。観察だけでは、顧客の本質には到達できません。しかし、観察を経ずに解釈だけを行えば、単なる思い込みになります。


このバランスをどう取るかが、経営にとって重要な課題となります。



経営としてのCXのアンカーはどこにあるのか


顧客との関係を再定義するためには、経営としてのアンカーが必要です。自社は顧客のどの瞬間に価値を提供するのか。顧客は何を達成しようとしているのか。その中で、自社はどの役割を担うのか。この問いに対する答えが曖昧なままでは、CXは施策の集合体にとどまり、組織としての一貫性を持ちません。


また、このアンカーは、単なるスローガンではなく、意思決定の基準として機能する必要があります。どの施策を優先するのか、どこに投資するのか、何をやらないのか。そのすべてにおいて、このアンカーが参照されている状態が求められます。


顧客は、企業の外側に存在するものではありません。企業の存在理由そのものです。しかし、そのことがあまりにも自明であるがゆえに、日常の業務の中で見えなくなってしまうことがあります。


顧客視点と顧客志向。この二つは似ているようでいて、企業のあり方を大きく左右する分岐点でもあります。データを見ているだけで満足していないか。顧客の文脈に踏み込めているか。自社のCXは、どこにアンカーを持っているのか。


これらの問いに対する経営としての答えは、すでに明確になっているでしょうか。もしまだであれば、一度立ち止まり、「顧客との関係とは何か」という前提から見直してみる必要があるのではないでしょうか。

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