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経営層は、なぜ“わかりやすいKPI”に支配されてしまうのか

  • 5月1日
  • 読了時間: 5分

更新日:6月14日

測れるものだけが、現実ではない——数字が増えるほど、見えなくなるものがある

 



本当は、数字そのものよりも、その奥が知りたい。なぜそうなったのか、これから何が起きるのか。報告を受ける立場にある人なら、そう感じた経験があるのではないでしょうか。


ところが、いざ報告の場になると、議論はなかなかそこへ向かいません。並ぶのは今月の数字、前月との比較、達成率。その奥行きについて語られることは少なく、いつのまにか自分も、目の前の数字を黙って眺めている。「これでいいのだろうか」という小さな違和感を抱えながら、結局はその数字をもとに判断を下している。そんな自分に気づくことはないでしょうか。


数値は確かに改善しています。なのに、現場の手応えが伴いません。あるいは逆に、顧客との関係が良くなっている実感はあるのに、指標には現れてきません。そんな「ねじれ」を感じたことはないでしょうか。


こうした違和感に対して、明確な言葉を持てている企業は、実はそれほど多くありません。


そんなとき、私たちはつい、より「わかりやすい指標」を求める方向に向かいがちです。NPSや応答率はその代表例です。いずれも重要であり、適切に用いれば有効な示唆を与えてくれるものです。ただ、問題はそれらの存在ではなく、それらに対する向き合い方にあります。




経営が「わかりやすさ」に引き寄せられる構造


企業経営とは、本質的に複雑な現実を扱う営みです。顧客との関係、従業員の状態、市場環境の変化といった要素です。これらは相互に影響し合いながら変化し続けており、単純な因果関係では説明しきれません。それでも経営は常に意思決定を求められます。その拠り所として最も強く機能するのが、数値です。


数値は比較ができ、共有ができ、説明もできます。組織における意思決定の「共通言語」として極めて優れた性質を持っています。だからこそ経営が「わかりやすい数値」に引き寄せられるのは、ある意味で自然な帰結であり、判断の癖というより、経営という行為に内在する一種の「本能」に近いのかもしれません。


KPIは「氷山の一角」にすぎません

ここで見落とされがちな前提があります。それは、私たちが日常的に扱う指標が、現実のごく一部しか切り取っていないということです。


たとえばNPSは顧客の推奨意向を示しますが、関係性の全体像を表現しているわけではありません。応答率は「つながるかどうか」という重要な要素を示していますが、その後に顧客がどのような体験をしたのか、それが次の行動にどう影響したのかまでは含まれていません。


これらの指標は必要であり、軽視されるべきものではありません。ただし、あくまで「氷山の一角」にすぎないという前提は持っておく必要があります。問題は、その一角を見たときに、全体を理解した気になってしまう点にあります。


顧客との関係とは、本来、極めて多層的で文脈依存的なものです。一つひとつの接点における体験や感情、過去の履歴、期待とのギャップが積み重なって形成されていきます。そのような複雑な現実を、単一の指標で完全に捉えることはできません。「測れるもの」に焦点を当てることで、「測れないもの」が意識の外に追いやられてしまいます。この構造こそが本質的な課題です。


指標が現実の「見え方」を歪めるとき


指標には、単に現実を表現するだけではなく、現実の「見え方」そのものを規定してしまう力があります。


ある企業では、NPSを主要な指標として、毎月のように全社で議論していました。数値が上がった、下がった。なぜ動いたのか。どんな施策を打つべきか。多くの人が時間をかけて分析し、改善のアクションを重ねていました。組織として、顧客に真剣に向き合っている姿そのものです。


ところが、その裏で静かに進行していた変化がありました。「このサービスを今後も使い続けたいと思うか」という継続意向が、1年以内、3年以内、5年以内と、年を追うごとに悪化していたのです。本来であれば、事業の根幹に関わる重大な兆候です。それでも、この変化に気づく人はほとんどいませんでした。理由は単純です。それが指標化されていなかったからです。


NPSは毎月議論され、誰もがその数字を見ていました。一方で、継続意向は数字として掲げられていなかったため、誰の視野にも入っていなかった。見るべきものが見えていなかったのではなく、「見る対象」として設定されていなかったのです。


ここに、指標の怖さがあります。指標化されたものには注目が集まり、議論が生まれ、アクションにつながります。一方で、指標化されなかったものは、どれだけ重要であっても、組織の意識から静かに抜け落ちていきます。


そして、もう一つ大切なことがあります。指標を「自分が本当に知りたいこと」と結びつけて見ているか、という点です。NPSが上がった下がったを追うこと自体が目的になってしまうと、その数字の奥にある「顧客は本当にこのサービスと共にあり続けたいと思っているのか」という問いを見失います。指標は、自分の思考や問題意識とリンクして初めて、現実を照らす道具になります。リンクが切れた瞬間、指標は現実を覆い隠す壁に変わってしまうのです。


見えているものがあるからこそ、見えなくなるものがあります。この逆説を理解しないままでは、どれだけ精緻な指標を導入しても、経営が現実から少しずつ離れていってしまう可能性があります。


これからのマネジメントに求められる視座


これからのマネジメントに求められる役割は、単に指標を設定し管理することではなくなっていきます。むしろ大切なのは、その指標が何を表しており、同時に何を表していないのかを理解し続けることではないでしょうか。数値の改善に注力するだけでなく、その背後にある文脈や、そこに現れていない変化に目を向ける姿勢が求められています。


特にカスタマーサポートの領域では、この視座の有無が組織の質を大きく左右します。現場で感じられている違和感や手触りを、単なる例外として処理するのではなく、指標では捉えきれていない現実の一部として捉え直してみることが大切です。数値と実感の間にあるズレをどう意味づけていくか。この思考プロセスそのものが、これからの経営において重要な価値を持つようになるのではないでしょうか。


もしまだその答えが明確でないのであれば、それは新たな指標の問題ではなく、「現実をどのように捉えるか」という思考そのものの課題かもしれません。

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