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「ありがとう」が多い職場は、本当に健全なのか

5月1日
読了時間: 4分

更新日:6月14日

語られない感情に余白はあるか——「大変だったね」と言える場所を、組織は持っているでしょうか

 



感謝の言葉が行き交い、社内SNSに「ありがとう」が投稿され、サンクスカードの取り組みも続いている。そんな職場は少なくないかもしれません。一見すると、ポジティブな空気が保たれているように見えます。


ただ、そうした職場でも、現場にどこか息苦しさが残ることがあります。疲弊や離職が、思うようには減っていかない。そんな実感を持たれたことはないでしょうか。

このねじれは、いったい何なのでしょうか。


感謝を伝えること自体は、もちろん大切です。ただ、「ありがとう」をいくら増やしても埋まらない領域があります。それは、つらかった感情やしんどかった経験を、安心して吐き出せる場の有無です。本当に必要なのはそちらかもしれない、というのがこのコラムでお伝えしたいことです。




カスタマーサポートという現場が抱える二重構造


この問題は、カスタマーサポートの現場でより鮮明に現れます。ある通信会社のサポート部門で、こんな場面がありました。午前中、最初の電話で顧客から心からの感謝を受け取ったオペレーターが、その30分後には別の顧客から理不尽な要求と厳しい言葉を浴びせられたのです。


日々の応対は、こうした感情の振れ幅の繰り返しです。うれしさも、理不尽さも、やりきれなさも、すべてを引き受けながら、次の電話を取る。表面上は淡々と見えても、内側では確実に感情が消耗していきます。


このような現場に対して、「ありがとうを増やそう」というアプローチは、必ずしも本質的な解決にはなりません。ポジティブな感情を足すことよりも、たまっていくネガティブな感情を、どこかで降ろせるかどうかのほうが、よほど切実だからです。

本当に必要なのは、「大変だったね」と言える余白

つらい対応のあとに、同僚と「いまの、大変だったね」と一言交わせる。理不尽な電話を切ったあと、少しだけ席を立って息を整えられる。そうした何気ない余白こそが、現場の人を支えています。


大切なのは、その感情が個人の問題として処理されるのではなく、組織として受け止められることです。「あの人はメンタルが弱い」で終わらせるのではなく、「この仕事には、感情を消耗する構造がある」と捉える。つらさを共有できる関係性があり、それを許容する空気がある。そこに、持続可能な組織かどうかの分岐点があります。


ここで強調したいのは、これは特別な制度を導入することではない、という点です。立派な相談窓口やカウンセリング体制も無駄ではありませんが、その前に必要なのは、日常の中にある小さな余白です。雑談できる数分、弱音を吐ける相手、「今日はしんどかった」と言っても咎められない空気。こうしたものは、仕組みというより、マネジメントが何を許容するかという姿勢の問題です。


余白を奪う「善意の施策」に注意する


気をつけたいのは、よかれと思って導入した施策が、かえってこの余白を奪ってしまうことです。


たとえば、隙間時間を使ってサンクスカードを書かせる取り組み。感謝を増やそうという善意から始まったはずです。ところが現場から見れば、ひと息つけたはずの数分が、「カードを書く」というタスクに置き換わっています。負の感情を降ろすための余白が、ポジティブを生産する作業で埋められてしまう。これでは、本来必要だったものとは逆の方向に進んでしまいます。


感謝を「させる」ことと、感情を「降ろせる」ようにすること。この二つは、似ているようでまったく異なります。前者は余白を埋め、後者は余白を守ります。現場が本当に求めているのは、多くの場合、後者のほうです。


マネジメントに問われていること


主体性を引き出すこと、ポジティブな文化をつくること、リーダーシップを強化すること。これらはいずれも大切です。ただ、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、「ネガティブな感情に居場所を与える」ことが求められています。


感情の揺らぎを前提とした組織設計とは、つまりこういうことです。負の感情を排除したり、ポジティブで覆い隠したりするのではなく、それが存在することを認め、降ろせる場所を用意する。個人の内面に踏み込みすぎず、かといって放置もしない。その余白を許容することが、マネジメントの役割になっています。


語られない感情に、目を向ける


その職場には、つらかったことや大変だったことを、安心して語れる場があるでしょうか。「ありがとう」の裏側で、降ろせないまま抱え込まれている感情はないでしょうか。


よかれと思って始めた取り組みが、現場の余白を奪っていないでしょうか。感謝を「させる」ことに気を取られて、感情を「降ろせる」環境づくりが後回しになっていないでしょうか。


もしまだその答えが明確でないのであれば、それは文化の問題ではなく、「組織の感情をどう扱うか」というマネジメントの課題なのかもしれません。

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